2012年9月

会報11号

会員さま宛に昨日会報11号を大阪中央郵便局より発送しております。
一週間ほどしても未着の場合はご連絡ください。

いつもに増して突貫工事で、時間との戦いでした。
原稿を書いて、できれば最低48時間寝かせてから見返して調整、が当たり前なのですが、その猶予がなく、書いたそばからそのままコピーして貼り込み状態でした。なのでいつもにまして、さらに自分の素の部分がぼやけずに滲んでしまい、ひじょうに恥ずかしいものになっています。

「付録」は版型の大きさをミスったんじゃありません(汗)、テストした結果あれで二つ折りでいける計算だったのであります。そのほうが文章量増やせるし、断裁が少ない分作業も楽だなあ、と。でもインクが乗ってコピー屋の紙厚でいざ製本してしまうと簡単には折れなかったので真っ青になりました。すみませんすみません、ものすごい状態の封入でごめんなさい。

手書きのメッセージをおひとりおひとりに封入するつもりでしたが、レジュメの書き過ぎか荷物の持ち過ぎか疲弊かで、また右手が痺れてちょっと物が書きにくい状態でして、割愛しました。愛想ないことで恐縮です。

ウィーンのアイーダは実は19世紀からあるんだなあと製本終わってから知ったり、女々しくてウェットな文章だなあと後で後悔したり、色々ですがとにかく投函してしまいました。どうぞご内密に。

ツイッターで少し呟いたのですが、休日の夜の大阪中央郵便局。郵便窓口で重量だけ確認。スタンプ押しを断って「自分で切手を貼って投函しますから」と言って若い職員さんに怪訝な顔をされたあと、切手売り場に切手を吟味しにいきました。手書きの封筒には手貼りの切手が、という自己満足。
それに、今この時期の投函郵便物だからこそ、どうしても貼りたくなった切手がそこにありました(ピンクの80円切手のほう)。いつもよりは迷わずにシート買いし、10円切手も大量に買ってその場で貼り始めました。手指が痺れているせいもあって確かに貼りにくく、不器用な感じではあったと思います。
切手売り場のちょっと年配の職員さんが「後ろから拝見してたんですけど...、お手伝いさせていただきます」と。シートの場合、切手をどう切って(ん?笑)、どの向きでどうやって貼っていくのがいちばん早いか、を習いました。本当に鮮やかに速度アップです。切手もいろんな会社が作るようになって、やや紙厚も昔と比べて上がっているんだそうです。長く勤めているので...と当然のように言われましたが、プロだなあと思いました。自分が仕事で取り扱っているものについて熟知熟練していること。

どんどんメールが普及して、郵便物は多くが機械的なDMになっていくのかもしれませんが、これはこれで。

アウェイでのツアー

某大学での集中講義終了。お客さんには色々申し訳ないこともありつつ、とにかくありがとうございました。


単発なら結構場数を踏んでいるのだが、アウェイで三日間まるっとというのがはじめてだったツアー。
しかもいろいろ突発事態が重なって、帰国後ほとんどまともに睡眠も食事もとれていない状態。リハもいわずもがな、である。

学校柄なのか担当者柄なのか、なんともゆるい感じで、セトリも時間帯も時間配分もスタイルも服も自由っぽくて、結局どうしていいのかわからなくなる。自由といういちばんの不自由。好きなことを好きなように、というのが結構キツい。対象やモデルやフォーマットがあってそこにシンプルに集約していくタイプなんだと思う。
そもそも私の得意分野は美術批評とかコスプレ衣装制作とかせいぜい製本とかであって、決して自分で物を創作するとか服をデザインするとか本を書くとかいうことが生業ではない。

取るに足らない自分ごときで芸術家気取りの小さな夢を見るより、いわば完全他者の見果てぬ夢を職人的に形にすることに生き甲斐を感じる。ただ、その"他者"は自分で選ぶけど。すでに価値が定まって評価されてるものにあまり興味はない。時代や文化に埋もれている佳きものや誤解されている報われないものを、掘りあてて、見極めて、自由に泳がせて、あるべきところに繋ぎ、その美しい形を愛でること。

ともかく、◯◯について語ってくれ、と言われればそれである程度対応するし、それで"曲"を作ることもできるかもしれない。昔、「空間論」なる科目をやってくれ、と某専門学校の建築系学科で開講日3日前に言われたときは途方にくれたが(笑)。く、くうかんについてしゃべるんですか、と。く、くうかんでないものなんて、世の中にあるですか!?と。ま、演りました。唐突に言われた「靴について90分しゃべれ」は断った...そういや。今なら難しくないリクエストなんだけど。

自分に求められているものが分からない居心地の悪さを拭えずに三日間がじりじりと過ぎる。ひたすらメルベイユ(驚愕)なのか、それとも既存の知の再発見的なものか、何かに役立つようなノウハウなのか。
今語りたいもの語るべきものより、語れるものを優先しているにすぎないのではないか、という自責とか、もう少し詰めればよかったとかいう後悔や、お客さんに忍耐を強いたのではないかという不安や...。

もっとこう、感謝がまず立つライブでないとダメなのだ、申し訳なさでなく。

客席の得体が知れない恐怖は夏スクでも同じだし、スクエア54でも同じ。大学通学部や専門学校で未成年の学生だけ相手に話すよりはもちろん難易度高いけど、でもそれが本来だと思っている。見る目の肥えた恐い大人の客席が未熟な舞台を磨く。

ライブは恐いですね。ナマモノでマモノ。「最後まで一歩たりとも譲ってはいけない」もの。

ま、できれば打ち上げは最終日にゆっくりしたいものです(笑)。

帰国

もろもろ滞っております...。
9/14、休演出してしまって本当に申し訳ありません。

基本的に休演するほうがストレスになるので、できるだけ回避するのですが、予期せぬ諸事情で物理的に難しい状態となりました。それでも束の間渡墺できたこと...、本当にいい日々を過ごしました。
帰国したらどんな状態に陥るかはうすうす分かっていたのですが、でも、あの場所は私にとって特別なのであります。
「またここに来られるなら、どんなことでも耐えられる気がする。」
大げさでなく心底、そう思える旅先。それが地球上に確かにあることでずいぶん強くなれると思います。

とりあえず、今あるものを形にします。また紀行文もどきを書いて会報を出します。こちらもお待たせする事になって申し訳ありません。

CIMG3627.JPG

グラーツにある二重螺旋階段(15世紀)。支柱はなくとも石がバランスよく積み重なることで美しく鮮やかかつ堅牢な建築は成立する。うねり滴るような、螺旋。巡っては回転して分かれ、半周後にはまたくみあう。

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