旅行記

悪夢の八丈島

このブログ、二回書いて二回とも長文が全文消えたのでこれで三度目の正直である。何かがだめなのだろう。

もう要点だけ。箇条書き。

9月、ひとりで八丈島へ。
台風で飛行機飛ばず羽田から東京へ出て一泊。
歯からくるぶしにいたるまで最初から体調不良。
最初からイヤな予感しかしないw。
悪夢の旅は多々あったが、あとから思い出す分にはオイシいのだな。
なのでとにかく強行はする。
島着。ビーサンを忘れたので空港で買おうと思うが物価の高さで断念。
タクシーに乗るも島らしからぬ高さに無になる。
八重山諸島の素晴らしさをあらためて知る。
島の宿、イメージと(ネットの写真と)なにか違う。
絶対値としては「実際にこないとわからない事実」なのでそれもあり。
島を走る車は品川ナンバー、ここは東京都。
レンタカーという選択肢は私にはない。
運転できないのではなくどこでも酒を飲みたいからである。
徒歩30分の商店で缶ビールと焼酎と日本酒とその他買い込む。
菓子パンとポテチで食いつなぐことにする。
重さに辟易する真っ暗無人の帰り道...。
翌日も暇なので海岸に出て缶ビールと読書。
海岸、ひたすら汚い。ゴミだらけである。
「泳げますよ」BY宿の人。
そりゃ泳げるだろう、死ぬかもしれないだけだ。
叩き付ける波、砕ける波。台風中継のコスプレしたいわ。
間近で見ていると、北斎の描写力の凄さがよくわかる。
富士山柄マイクロビキニを恥じらおうにも無人なのである。
全裸でもそう変わらない、と思われ。
まあいい。
私はたいていのことはまあいいと思える。
そんな自分が♪情けないようでたくましくもある〜。
迎えにきてくれるそうなので観光客価格のマッサージへいってみる。
全裸だった。まあいい。整体とタイ式の間くらいだな。
島を去ってから頸椎と腰椎をやられて病院通いになる。
(因果関係は証明されていません。)
長崎の出島ワーフのなかにあったマッサージ屋は最高だったなと回想。
二度と来ないであろう観光客にいいサービスを提供できるということ。
いつかそれが客をリターンさせますよ、大事なことです。
島らしいことはいっさいなく東京へ戻る。
もちろん、すんなりは帰れなかった。
飛行機がトラブって離陸後引き返し。
1000円もらって空港でひたすら待機(延々ビール)。
その後いままでかかったことのない口唇ヘルペスに侵される。
謎の体調不良は10月半ばまで尾をひいた...orz。

まあいい。たのしかった。

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あんまり泳げないと思う...。(じっさいはこんなもんじゃなかった...)

パリにいきました(三月の話)

バリから一週間ちょっと、今度はパリです。
遊び歩いているセレブに見えるかもしれませんが(絶対見えない)、パリは無償で連れていっていただいたのであります。
タダよりコワいものはない、というのは私の実感です。
お金を「払う」というのは、要するに、不当にタダで物を得ることによって降り掛かるであろう厄災を「祓う」行為であり、不当に高く物を売っても不当に安く物を得ても、厄災が忍び寄るでしょう。
それは承知ですが、お金があるのにたかるのは最低だけど、「お金がないとき誰かに頼れるのは一種の甲斐性」だとも言われたので、のっかっちゃいました。


パリに関してはバリ雑言を、パリに関してはパリ雑言を、今会報に書いていますので!


ポンピドゥセンターのトゥオンブリーの絵の前でボロボロ泣いている私に気づいたのは、小さな欧米人の少女だけでした。誰もトゥオンブリーの絵に足をとめなかったし、よかった。
パトロクロスの死に慟哭するアキレウスの絵です。こんなに哀しい絵を私は見た事がありません。
トゥオンブリーの作品は、私にとって、言語化を拒む唯一無二のものです。
(私の修士論文はトゥオンブリー論ですが。)
言葉にならない、なんて言葉が本当に可能なのは、彼の作品の前だけだと本気で思っています。


二十数年前、アプタイベルクで彼の作品に出逢わなければ、私の人生はまったく変わっていたと思う。
バックパックひとつでウィーンから旅に出て、偶然降り立ったメンヒェングラートバッハの街。偶然降ってきた雨。その雨宿りのために偶然入ったほとんど無人の美術館。
階段を上がった左側、そこに彼の絵がありました。鮮烈な記憶です。
傷跡が皮膚の上で花を咲かせているようだった。
それから美術史を独学で勉強しました。美術史を大学で教えるようになりました。
あれから、長かったような短かったような。
トゥオンブリーに関する私の評価は最初の邂逅のときのままで、今も変わらない。


これ見れただけで、パリに来てよかったと思います。
ひどい体調不良だったけど、すべては報われるのです。


エッフェル塔の傍には桜が咲いていました。
そのとき、春の訪れをはじめて感じました。

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バリにいきました(二月の話)

更新なしにすみませぬ。最低一ヶ月1更新なのでそろそろやばいと。


機械に疎くて、デジカメが壊れて新調したらMacと接続したりするのが分からなくなり、ゆっくり説明を読む余裕もなく...。今までのiPhotoに繋ぐと何故かいきなり画像が真っ黒になり「空です」と言われ...。フィルムカメラに戻ろうと思います。ナチュラ素晴らしい。でもフィルムが高い。


で、恒例かつイレギュラーなバリ島に向けて友人と友人のお母さんと共にテイクオフ!
ガルーダインドネシア航空に乗ってビンタンビール飲むと笑みがこぼれます。


母娘旅って楽しそうだなあと傍から見て思いました。
母と旅をしたといえば、もう20年以上前、東北と香港くらいでしょう。
東北は私の体調が悪かった(たぶん恐山あたりと干渉したのだと思う。死にそうに辛かった)のに、「ごはん食べたら治るよ〜」と脳天気すぎる母に唖然とした記憶しかない。母曰く「アンタ、うみねこにアホみたいに喜んでエサやってた、うみねこーうみねこー!て叫んでた。うみねこもうみねこでいーっぱいアンタに寄ってきて懐いてた。アホちゃうかこのコとおもた。」記憶しかないらいい。
香港と言えば「まけて」って英語で何て言うのか母が聞くので「プライスダウンかディスカウントかなあ」と教えたら混乱した母が「プリーズ カウントダウン!」と店員さんに言い、店員さんが「スリー、ツー、ワン...」と応じていた記憶しかない...orz。


バリについては会報でまたちょっとだけ、今書いてます。

ベタにウルワツでケチャを見た。
大昔に父とふたりでバリに来たとき、何だかトランス系のホンモノっぽいケチャを見て、これまた私が具合悪くなった記憶がある(土地の磁場の影響を受けやすいのだと思う。)ので、観光アトラクションに徹してもらったパフォーマンスはそれはそれで楽しいです。

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内田樹先生ご一行と合流。
なんか変な写真が拡散された(笑)ので、まあ普通のをあげてみる。
水から出れないが、この富士山柄のマイクロビキニは気に入っている...。バリは雨期で雨が降ると寒いので、ワンピース水着だとお腹が濡れたままで冷える、という教訓。この手のビキニって高校生以来です。南国だしいいのだ。

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私の食料が盗まれました! 極めて大胆な犯行です。

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かわいければ許されるなんて何たる不合理!

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ええと、この旅の模様は今会報でレポ中です...しばらくお待ちください。

帰国

もろもろ滞っております...。
9/14、休演出してしまって本当に申し訳ありません。

基本的に休演するほうがストレスになるので、できるだけ回避するのですが、予期せぬ諸事情で物理的に難しい状態となりました。それでも束の間渡墺できたこと...、本当にいい日々を過ごしました。
帰国したらどんな状態に陥るかはうすうす分かっていたのですが、でも、あの場所は私にとって特別なのであります。
「またここに来られるなら、どんなことでも耐えられる気がする。」
大げさでなく心底、そう思える旅先。それが地球上に確かにあることでずいぶん強くなれると思います。

とりあえず、今あるものを形にします。また紀行文もどきを書いて会報を出します。こちらもお待たせする事になって申し訳ありません。

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グラーツにある二重螺旋階段(15世紀)。支柱はなくとも石がバランスよく積み重なることで美しく鮮やかかつ堅牢な建築は成立する。うねり滴るような、螺旋。巡っては回転して分かれ、半周後にはまたくみあう。

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