日記

画像がアップできないという...

Macが不調なのであります。
下書きはされているのですが、エラーでアップできませぬ。


6月はわりと忙しく、やっと一段落です。

画像テスト

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(小林センセイ撮影、拝借)


芸術学の学習会もおかげさまで次回で15回になります。
スクエア54とはまた違った緊張感です。会場にはミラーボールがあるのでちょっと使ってみたいですね。

後記:あ、アップできましたー!。

第5期がはじまっています

iMacの不調でネットが見れませんでしたが、ひとまず僅かに復旧しました。完全復旧は望めないと思いますが、必要最小限部分が機能すれば十分です。

iPhoneがあったのでなんとかしのげました。どこまでも機械に弱い人。


会報18号は今のところ差し戻しがゼロのためお届けできたものと考えています。
会費を納入したのに万一お届けできていないという方、至急お知らせください。
ノベルティなどの不備もお知らせください。
プライベートブログのパスワードは会報54ページをご参照のうえ、機密保持にご協力ください。


iPhoneに慣れなければと思いつつ、写真を撮るときはデジカメだし、音楽はiPod持ち歩くという...。中途半端な感じです。iPhoneの画質がかなりイイのは聞いているのですがそれならデジカメでいいじゃんという本末転倒。でもデジカメが高度過ぎて壊れかけのMacになかなか繋げられなくてあまり意味ない...。フィルムカメラはフィルムが高価で気軽には使えず。

昔の携帯画像って画質悪くて、今よりなんだかイイ感じがします。ほっとする。
7年前のわが携帯画像...。

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結局いつも飲んでる人みたいですが、そこはあまり変わらない(笑)。
このくらいの画質がアラを隠しつつ、かといって補正や加工もなしで、「いい加減」でイイのではないでしょうか。印象派あたりルノワールの肖像画くらいがいちばん女を綺麗に見せる感じ。私の、すでに老眼入っていて本質的に強度の不等像視(和式トイレが危険なレベル)の視覚と、それにフィットしているアナログ脳ミソに、数百万画素のデジタル画像は持て余してあたりまえでしょう。

そんなこんなで欠陥だらけの日々を、「欠」けた部分並べて「次」に変えて、やっていきます。

元気になんかなりたくないね。

一太郎さんが亡くなって、空ばかり見ている。


写真家のアラーキーじゃないけれど。
アラーキーが陽子さんが亡くなったとき「空ばかり撮ってた」と。「元気になんかなりたくないね」と言っていた記憶がある。アーティストのように写真だの絵だのの才能がない私は、空を撮ることも描くこともできずにただ見ているだけだ。無能だな、と思う。

なぜ空なんだろう。涙が落ちる重力に逆らおうとするためか。
空なんて、カラでありクウであり。

寂しがり屋の一太郎がひとりで行ってしまうことを懸念して、そっちにはじいちゃんがいるからこわくないよ、心配ないよ、と言い聞かせたけど、ひとりになることが本当にこわかったのは一太郎より自分で。

亡くなった夜書いたもの。
ツイッターは140文字って制限があって、編集している自分に業だと思った...。


じいちゃんへ。

桜ももうすぐ終わりそうです。大好きなお酒飲んでるかな。

今日一太郎がそっちのほうに逃げました。
行かないでって言ったんだけど、いたずら好きのコだったから。
つかまえてやってください。すぐにわかると思う。世界でいちばん可愛いもの。
前のコと同じ茶色いダックスフントです。
ちょっとちっちゃいね、ミニチュアダックスだから。
鼻のあたりがじいちゃんに似ています。ハンサムでしょう?
お墓に連れてったことあるから知ってるよね。

いずれ迎えにいきます、わたしのいぬだから。
でもわたしはたぶんまだしばらくこっちです。
だからしばらくそのコを預かってください。

すごくいいコです。
お散歩は嫌いだけど、できるだけ連れていってね。
好物はプリンです。すぐ太るからやりすぎないでください。
サメのおもちゃがお気に入りです。投げたら取ってきます。

じゃ、しばらくの間一太郎をよろしくお願いします。


一太郎へ

もうしんどくなくなって、元気になったかな。
どこもいたいところはもうないね?
東京から私が戻るまでマテって言ったのに...。
待てないほど苦しかったんだね。ごめんね。

そっちの世界には犬が大好きな私のじいちゃんがいます。
なまえは「ぜんすけ」です。耳が聞こえません。
でも誰よりキミのことをわかって愛してくれるひとです。
迎えにでてくれると思うからだいじょうぶ。心配ないよ。こわくない。
ずっと一緒にいてくれて、かわいがってくれると思う。

いずれそっちにいくから、今度こそちゃんと待っているんだよ。
元気で。キミを愛しています。

いつまでも悲しんでちゃいけないと言うけど、私はいつまでもキミの死を悼み続けます。それは、失うことがこんなに哀しいものと出会えた幸せの証でもあるからです。17年間、ありがとう。刹那だけが永遠に触れます。

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スクエア54アウトドア部発足のお知らせ

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(オレもおだてりゃ山のぼる。)


スクエア54はもともと会員さんたちとともに「オレとお前らでてぃーえむれぼりゅーしょん!」的な「参加型プロジェクト」のはずだったのですが、気づけば完全に私のソロ活動になってます。ま、それでいいとおもいます。

で、ひとりで部活を立ち上げました。
本格的山岳部や登山部をいきなり目論むと緊張のあまり腰をいため、出費のあまり栄養失調になり、人見知りのため硬直するので(爆笑)、アウトドア部です。
外飲みや花見やビーダーマイヤー的ピクニックも含みます。
ひとりでもその日行くんだけど、誰かいたら一緒に行かない?みたいなノリです。
雨でも決行するけど、私のせいにしないでよ...的な感じです。

今のところ部員は女子ふたり(ひとりは私だけど)です。
関西だけでなく、関東もその他もいきたいのであります。
会員外でも会員さんのお連れサマなら問題ございませぬ。
今月中くらいにゆるく連絡くださいませ、来月はもうどっかいきましょう。

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(イタリア、ドロミテにて)

メリークリスマス

プレゼントが欲しい!っていう欲望がいちばんふさわしくない日だと思います。

いい歳してサンタさんを待ってるそこのキミ、貧乏臭い事おやめなさい。
大人なら、サンタは待つものじゃなくて、なるもの。
あなたが誰かのサンタさんになるのです。

自分が今、何を他者の前に(プレ)差し出す(ゼント)事ができるのか
そんなことを思う日ではあります。

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某女子大教卓。(今年は年賀状にしたりしません!たぶん)

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自宅書斎一画...。私にしてはものすごく片付いている...。
会報をこれから作ります。みなさま楽しい夜を。

「今宵あなたは誰のサンタクロース?」

...というのは、昔、某阪◯百貨店内にうちの会社が出店していた頃、私が書いたDMハガキのコピーである。恥ずかしい。でもコピーライトの仕事は悪くはなかった。撮影も面白かった。何もかもはじめてでキラキラしていた。
まだほとんど夏なのにクリスマス商戦の商品選んで、撮影をして、コピー書いて。
実際のクリスマス時期には次の夏用のコピー考えてた。


たのしかった。

あれから20年。

私、ホントにサンタのカッコしてるとは思わなかったわ。

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某大学教壇。シュウカツ最中だかでスーツが多い客席、冷たかったw。
だからこそ、つきあってくれたお客さんありがとう、愛しています。

衣装アウトレット市販品。私、手が長いんですよ。XSサイズだと手が...。
ユザワヤでチープなレースを調達。袖口に縫い付けた。
安っぽいコスプレ衣装にはチープなレースにチープな靴が合うな。
下品でええな。素敵だ。
ついでに裾にも縫い付けた...(つもりだった)。
じっさい縫えてなかった...。イケアのミシンのせいだ。
でもそこはコスプレイヤーなので、最悪の事態を考えてテープ止めはうってある。


そう、最善を尽くすだけじゃ不十分なのだ。
常に、最悪に備えてなければならないのだ。

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えっと、"楽屋"。


メリークリスマスだね。


夢を売ろうと思ってる人間は、自分が夢を見てちゃいけないんだって。


誰かのサンタさんになる人は、クリスマスなんかなくていいのである。


それでも、サンタさんを待つしかなかった頃より、自分が誰かのサンタさんになれるほうが、いい。

映画『世界一美しい本を作る男ーシュタイデルとの旅』

ええと、もうSQ54メルマガを書き終わったので完結でいいのだけども、メルマガの文字数制限は540文字なのであんなに舌足らずになるのである。

忘れないうちにここに存分に書き散らしてみよう。

パンフ500円。四六版に近いサイズでペラッペラ。生成りに黒の端正な文字で美的。好み。買う。
パンフ内でコメントを寄せているのは出版系の人と写真系の人と映画監督だが、もっとぜんぜん畑の違う人のシャープなコメントなら面白いのに。

原題はHow to Make a Book with Steidlなのかな。『世界一美しい本を作る男ーシュタイデルとの旅』なる邦題...。ううむ。ノーコメント(常に邦題に文句のあるひと。笑)。でも今回はそう悪くはない。キャッチーなところ狙わねばならない事情はよくわかる。
シュタイデルでさえ「ベストセラー作家なんかの売れる本を作っておいて、その利益を使って、売れなくてもイイ本を作るんだ」って言っていた。どこかの某ヴィトンも確か同じようなことを...。大量ベストセラーアイテムを高額で買ってくれる一般的な日本人がたくさんいるから、本当のセレブ相手のクリエーションオーダーシステムを揺るぎなくやっていける、とか何とか聞いたことがある。

この映画はドキュメンタリー映画である。ドイツの小さな出版社、シュタイデル社のゲルハルト・シュタイデルの仕事を追った、いわば『情熱大陸』だか『プロフェッショナルの流儀』だかああいった番組系統の。本社スタッフわずか35人の小さな会社に、錚々たる一流人の支持が集まる。

アナログな本作りがうんぬん〜という前評判だったので、自分が製本をならっていたことなぞ、あるいは製本学校に通い始めた頃の情熱を思い出して手作業って素晴らしい!ってなるかなと思ったが、とんでもなかった。そんな乙女チックなロマンだの夢みたいなことではなかったのだ。極めてデジタルかつパンクチュアル。ああ、ドイツ人。でもこれが現実なのよね。(出典:「悲しいけどコレ戦争なのよね。」ガンダム、スレッガー中尉。私がついていけるのはガンダムまでだった。エヴァ以降のそっち系につまづく。進撃の巨人をとにかく受け容れられない...。それについてはまたそのうち語る。)

なんだっけ。そう。ヨゼフ・ボイスをこよなくリスペクトするらしいゲルハルト。出版社というより研究所、だと本人が言うとおり、なんだかラボなのである。もっとイタリア系の工房的職人の雑然とした仕事場みたいなものを期待したのに、病院みたいだ。真っ白でカルテ用みたいな棚に書類が詰まっていてデジタル機器があって...。そして社内ではゲルハルトも白衣なのである。仕事っぷりはまさにドイツ的。合理的かつ頑固かつ冷酷かつ沈着。清潔剛健一辺倒かと思えば、これが妙に人間臭い。展示物の本の汚れを指に唾つけてこするし、社内に飼い犬と思しき犬がうずくまっている。お世辞にも綺麗な犬とは言えない黒い雑種系の老犬。一瞬しか写らないけど、しどけなくてだらしなくて、そこがいい。かわいい。何度でも言う、かわいくない犬を見た事がない!

なんだっけか...。そう、卓越した外科医みたいな仕事っぷりに、あの16世紀の解剖医師ヴェサリウスのモットー「迅速に、愉快に、確実に!」を思い出したが、彼は研究所内でオペレートにあけくれているのではない。世界中どこへでも飛ぶ。いい本を作るためにならイギリス、フランス、アメリカにカナダ、そしてカタールの砂漠へも。
「旅は好きじゃないが直接会って打ち合せするのがいちばんいい。2、3ヶ月かかる仕事が4日で終わる」と。そのスピードでダイナミックに仕事をこなしても、アポは1日に10件、数年先まで作業予定は埋め尽くされているという。

本のもつ質感、重さ、ページをめくる感触と音、紙のフィーリングにとことんこだわり、本の匂いフェチらしい彼の、精密機械的かつフリーハンドな本作り。強引かつコンセンサスを諦めない手腕。自社のなかで、企画、デザイン、編集、印刷、製本に至るまですべての工程を一貫して行うシュタイデル社の本づくりは明らかに功利主義に対する逆行である。だがゲルハルトのそれは究極の功利主義と一致して見えて来て、私は映画館の客席で幸せな混乱に陥りはじめる。
彼のレクチャーによると、本の匂いというのはニスの匂いだそうだ。合成ニスを用いると紙の匂いが損なわれるからシュタイデル社では油性ニスを使うのだと言う。そのドヤ顔に、専門家とオタクの紙一重を見る(笑)。
オフセットにするか活版にするか、そのメリットデメリットをきちんとクライアントに説明し、絶対に相互の合意点を測る。クライアントは神様です的な言いなりには絶対ならないし、また自分の理想を押し付けることもない。そして必ず自分の眼で見て手で触れて自分でクライアントと対話しなければ納得しない。本自体の値打ちはもちろん、書店に並んだときの光景まで想定して、ベストの製本を提案する。クライアントが彼をないがしろにしてスタッフと直接やりとりしようものなら...猛烈に拗ねるし抗議する(笑)。

この人はいったいナニモノなのか。

この映画のなかで並行して進められているプロジェクトのひとつが写真家ジョエル・スタンフェルドの写真集。この写真家がまた優柔不断であれやこれや注文を出しては煮え切らないのだが、ゲルハルトは見限りもせず無視もせず鵜呑みにもせず、「迅速に愉快に確実に」工程を前に推していく。キレのいい粘り強さ? ジョエル・スタンフェルドの手がけたこのドバイの写真シリーズは『iDubai』というタイトルでシュタイデル社から出版済みだが、タイトルの通りiPhoneで撮影したものだ。悪趣味の極みを追求した結果の表紙(!)が世界で最高級に洗練された写真集として完成するシーンの鮮やかさが今も脳裏に焼き付く。iPhoneという現代最先端デジタル機器を紙の写真集という極めてアナログなものにおとしこんでいくという作業は何を意味するのか。私のなかで何かが大きく揺らぎ始める。アナログとデジタルの交換可能性? オリジナルと複製の有機的な関係性?

万に近い書籍に埋もれ地下室で暮らしている私にとって、電子書籍の登場はまったく歓迎できないものだ。もともとデジタル機器と相性が悪く、今もこのiMacの不調に悩みながらこれを打っている私にはもはやそれらは敵でさえある。シュタイデルの映画だってその感覚を後押ししてくれるものに違いない、と思いきや、期待の遥か斜め上を彼は駆け抜けた。
どこまでもアナログで高品質な紙媒体の本を作る小さな出版社。生身でコミュニケートし、自身の五感ですべてをとりしきるゲルハルト。しかし、彼は軽やかにデジタル機器を使い、その旅には常に5台のカラフルなiPodがお供になっている。

私は大きな勘違いをしてきたのかもしれない。
デジタル化するこの世界で、紙媒体の本であることに価値がある。とゲルハルトは言う。
デジタルはアナログの敵ではないのかもしれない。
それはむしろ、アナログのものを美しくするものであり、逆もまた然りなのかもしれない。それらは没交渉なのではなく、通底してより美しい世界へと繋がる可能性を秘めているのではないか。

私は、もしかしたら、近いうちに、あれほど抗ってきたiPhoneなるツールを手に入れようとする、かもしれない。そして私なりの『iWien』をそれで撮ってみたりも、するのかも、しれない。
それを敗北だとか時代に流されたとか、もう思わずに。

ところで、最近私はリモワのサルサエアーの購入をさんざ検討した挙げ句に、なんとなく目移りしたサムソナイトのイノヴァスピナーを購入したのだが、そのリモワをゲルハルトは仕事で愛用していた。
ときに78万ドルの価値のある紙束をぎっしり詰め込まれる彼のスーツケース。紙類を詰め込みすぎてわずかに蓋が閉まらないスーツケースを前に彼が取った方法に眼を見張った。内装の仕切りのクロスベルトを全てカッターナイフでちょん切ったのである。そこに一切の躊躇もなかった。このベルトさえなければファスナーが閉まる、明確である。リモワの正しい使い方を見た気分だが、私は彼のリモワのスーツケースにだけはなりたくない(笑)。

でもそれは爽快な体験だった。この映画は確かに、私のなかで新しいものを取り込む余地を奪っていたベルトを切ってくれた気がする。

ただ「丁寧に本を作りたい」だけなのだそうだ。そのシンプルさが、ここまで複雑性に対しての強靭さを生める。素敵だ。

で、17日東京で本の話するんですけど...! これどなたか来てくださいませ、心よりお待ちしております。

海賊的な...

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女学院さんのラウンジとやらが集合場所です、素敵...。

はい、ハロウィン飛ばしますよ、どんどんいきますよ、もう。

えっとこの海賊も市販でRM製。
備品が欠けているのでアウトレット放出されたものがたまたまサイズなんとかいけたので。
袖の黒レースはユザワヤさんで買って来て自分で縫い付けました。
なんか寂しかったので、サテンの腰布もオリジナルで縫いました。
帯にしてスワロのスカルを貼ってみた。

本当はコルセットのど真ん中にスワロ貼りたかったんですが布がもちそうになかったので。
肩ひもゆるすぎなので苦肉の策でクロスさせる、超あせった(笑)。
チョーカーは手持ちのそのへんにあったブレスレットです。なのでキツいw。

CIMG1310317.jpgのサムネイル画像

女学院さんのハロウィンパレードはみなさんものすごいクオリティ高くて、ホントに眼の至福でした。
先生方も素敵だった。


この衣装は実は女学院さんではじめてフルで装着したので慣れてなくてみっともなかった、恥ずかしいです。
前日なんか薬の副作用で倒れてて、しかも午前がミニスカポリスという二回廻し...(笑)。
撮られまくった全部の画像を回収したいです。ええい、忘れてください。

なんか講堂まで移動するらしいです。鳥目で夜は自動車運転も絶対できない私にはハードル高い。

しかもアイパッチで片目が塞がっている。

すみません、横にずらして両目で見てたので全部の画像がたぶん気持ち悪いことになってます...。

段差踏み外しそうな夜の校舎をイケメンマネさんが腕をとって介助してくれます。なんて素敵なのだ。

イケメンマネさん、自分も血だらけ眼帯なのに...。
あ、講堂で必死で学生にまぎれて擬態していたのに壇上に呼んだりしないでください。心臓に悪いです。

(すみませんすみません、隠れまくってて。どうしていいかわからなかったんだもの...。)


ああ、今年のハロウィン楽しかったなあ。
ほんとうに絡んでくださった皆さんありがとうございました。

懲りずにまだよろしく!


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もういい加減カーテン変えたい...w

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なんとなく棺に入ってみる...。どうやって写真を撮るのかしばらく悩む...。条件反射でそのまま就寝しそうになる。

またクリスマス、何かやらかしましょうぞ!

ミニスカポリス的な...その2

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ええと、木曜日のこのコス、今年バカ売れだったみたいなんですけど。
LA製は何より安いしわりと地味で無難ですね。

これクオリティ悪くないけど、素材不明で皺が絶対に伸びません。スチームでも蒸しタオルでも無理。
帽子もひどかったんですが、アイロンかけたら布塗料が溶けてアイロンがダメになりました。
月曜の女子大のときも帽子はこれ被ったんですがひどい形のまま。
意地でもかたち直しました。熱湯処理しました(笑)。完全ではないですがなんとか。

バカ売れしているということは人とかぶる危険性があります。
週末にUSJにも着ていったんですがいました。でもがっつりインナーだのスパッツ着てらして...。
こういうのは思い切りですよ、そこで変な羞恥心を出すのは野暮です。
それように出来てるんです、そういうものとして。
(私もこのあまりのペラペラさにせめてネクタイだけでも...、と思い、ネクタイ自作しました。
 だがしかし...この超安っぽいゴムネクタイのほうがハマるんです、このコスには。不思議です。
 結局アイロンだけかけてそのまま採用しました。無駄だった。作ったネクタイは私服に使います。)
人とかぶったときがコレ系のコスの勝負なのかもしれません。
着ぐるみとか特殊メイクとかお笑い系でなく、この手のコス着る人はある程度コスいと思うんで(笑。自分含め)。
アレンジとプロポーションの勝負ですよ。(本能で勝負に出ようとする元コスプレイヤーorz)

とりあえずハロウィン当日なのでこれで講義をする。
超アウェイの大学なのでまだ客席に期待してなかったんですが、これがわりとすごくて嬉しい誤算でした。
とっても嬉しかったわ、ホントありがとう。

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自殺用品店の息子

ライブ初日本番と歯医者のアポの間に開いた数時間の空白にすっぽり嵌る映画を探して、『スーサイド・ショップ』にいきつく。

あのパトリス・ルコントが手がけたアニメ映画。ミュージカル映画でもある。
ルコントといえば『髪結いの亭主』と『仕立て屋の恋』。
『スーサイド・ショップ』なんてタイトルにせずに『自殺用品店の息子』でいいじゃないか。
(いつも映画の邦題に文句を言う人になってきた...笑。でも『クロワッサンで朝食を』だの『眠れぬ夜の仕事図鑑』はないだろう←会報参照。)
原題は『Le Magasin des Suicides』。原作の小説タイトルでもある。

私は美術作品に関してオリジナル至上主義ではない。どちらかといえば「小説が優れていることを知るために作家の肉筆原稿を読む必要があるかね」的なマグリット主義である。しかし、映画のオリジナルタイトルにこだわる傾向があるようだ。

「あるようだ」という他人事的な感想は大事である。
芸術作品を見る、ということは、自分がどんな人間であるのか、自分も知らない自分を見ることに他ならないからだ。

♪あの日あの時あの場所で〜、出会った作品がどんなふうに印象に残ったか、それはそのときの自分の「写真」なのである。

この映画の観賞後、地下の映画館から地上に出て、秋晴れの空を見た。
そのときにリフレインしたのは
♪運命は魅力的で、予期できない"回り道"
という映画のなかの1フレーズである。それが現在の私の姿を表象する何か、なのだろう。

自殺用品を専門に扱う店...。一部のゴスロリ系やメンヘラ(失礼)がいかにも好みそうな小道具ね、と思えば、さすがルコント、あなどれない映画だった。「人生に失敗? 私たちなら失敗なく死に至らしめて差し上げます。」というショッパーの文言、「これで死ねなければ全額返金」という真摯(?)さ、必然的に一期一会で二度とは来ない客への明るい接客。きわめてドライに描かれる自殺。他者を死なせ続けるために自らは生き続けるしかない人たち。奇妙な両義性がこの映画には満ちている。

「過去はいつも新しく、未来は不思議に懐かしい」とは生田萬の名言だがそんな風情の大都市が舞台。自殺者はひっきりなしの街でひときわ繁盛するのが、トゥヴァシュ家が切り盛りする「十代続く」老舗自殺用品専門店。ロープ、剃刀、毒薬、毒キノコ、ピストルに日本刀に至るまで、自殺希望者の欲望を必ず叶えるためのツールが揃っている。金のない浮浪者にはビニール袋とセロテープを無償提供するサービスの良さ。日本刀を振り回す店主の名はミシマ。母はルクレス(ルクレツィア・ボルジア!)、陰気だが実は色っぽく肉感的な長女の名はマリリン、悲観的な長男はヴァンサン(フィンセントのフランス語読みである。フィンセント・ファン・ゴッホのヴァンサンだ。)。エスプリというよりブラックユーモアである。フランス語が少しでも分かるとより楽しいだろう。家業にふさわしく、笑うことなど決してない一家に、赤さんが生まれる。その赤さんが突然変異なのか何なのか、異様に陽気でポジティブだったことから巻き起こる波乱の物語。

ルコントがミュージカル?しかもアニメ?...と思ったが、これが理にかなった手法であることはすぐに分かる。アニメはその名のとおり、自発的なアニマであり、けっして実写の代用品ではない。アニメでなければ幼児に父親が煙草を吸わせて間接的に殺そうと企むシーンも不可能だろう。(最近どこかの国ではアニメの中で大人が煙草を吸うシーンにさえもクレームがくるらしいが。苦笑)

そう、生真面目に家業を守る父が殺意をいだくほどその末息子は明るかった。いつも朗らかに笑っていて、父に殴られても疎まれてもその輝きは曇らない。自殺を邪魔し、客を笑わせ、そして陰鬱な姉にじつは「美人」であることを気づかせ、家族を変えてゆく。

もちろん、「正しい」映画ではない。人々に死をもたらす自殺幇助の家業なんて、そもそも人道的に許されるはずもない。しかし、理念的に正しいことと人間の現実の間にはこんなにも隔たりがある。そしてミシマもルクレスも、まったく割り切っているわけでもない。ミシマは精神科医のカウンセリングを受けているし、ルクレスはときどきほろりと客に同情して涙を流す。

ネタバレすると、「自殺用品専門店」は底抜けに明るい末息子アランの計画的な悪さによって壊滅状態になり、やがてマリリンとその恋人によって「クレープ屋」に変わる。ミシマは日本刀でクレープを自由自在に造形して大人気店になるのだが、それでもミシマは自殺志願者には即死できる毒入りクレープをこっそり手渡す。疑問に感じる受け手は多々いるだろう。でもそこが私には深かった。
ラストシーン、アランは父を笑わせるためにビルの屋上から身を投げる。アポトーシスという言葉が唐突に私のなかによぎった。細胞自殺死。母体を生かすために自らは犠牲になって自発的に死ぬ細胞のことを。
ところが、アニメである。アランは死ななかったのだ。ビルの下ではその友人たちがクッション的なものを持って待ち受けており、トランポリンのようにアランは空中を行き来し、父を笑わせる。原作ではここで死ぬのだろうきっと、と反射的に思う(どうやらそのとおりのようだ)。しかし『フランケンウィニー』の結末でフラン犬(!)のスパーキーが生き返ったように(あれも死ぬほうがまっとうな結末であることは確信する。しかし、鑑賞者の私の心情は、整合性とか教訓とか物語とかどーでもいい、なんだっていい、矛盾でもいいから、スパーキーに死んで欲しくなかった。それはもう祈るような気分だった。そしてティム・バートンはその通りにスパーキーを生き返らせてくれたのである。嬉しかった。端的に幸せだった。)、ここでも誰もがアランの死を望まないことは事実である。

そう、正しくはない。整合性に欠ける。でも、それが人を救うこともある。それを教える映画が『自殺用品店』という皮肉。
真実でも正当でもない「絵空事」ゆえの強さ。私が「芸術」を愛するのはそこである。


この数日前、私は東京ディズニーランドを訪れ、アトラクションのホーンテッドマンションに乗っている。イメージ的に近いかもしれない。また、ティム・バートンの雰囲気もあるような(ルコント自身、ティム・バートンからの影響を少なからず認めている)。とにかく、荒唐無稽にもかかわらずどこか繋がっていて、緻密でドライでクールにもかかわらベタで人間的な体温とユーモアがそこにはあり、救いのあるダークなのである。

ルコントのこの映画の「役者」選びのポリシーは「一般的に知られていないけれど、私が才能を評価している役者」だという。「有名な役者を起用するのはイメージを崩しかねない」。なぜなら「聴覚と視覚が同時に進行しなくなり、画像を見る注意力がなくなってしまう」から、と。声優は地声が分かるようではだめだ、ということのようだが、個人的に深く賛同する。私は、芸能人声優を使った最近のアニメにいささか興ざめしているからだ。


自殺は絶対にいけない!とは違う形で、
たしかに、観賞後に「風立ちぬ、いざ生きめやも」と呟かせる映画である。