『音楽受容の流れ〜オペラからBGMまで』(再演)

オペラ座の意外な酒池肉林から、近代のまじめな音響空間へ、そしてサティ、グールド、ケージまで、音楽の聴き方の変遷。渾然一体のオペラ空間がやがてクラシックとして聴かせるものと聴くものの二項に、そして現代音楽としてBGM化されていく仮定をダイナミックにさらってみる。
(2010年初期のライブ他の再演です。)

2014/05/28(水)
大阪市立総合生涯学習センター第3会議室 19:00〜21:00 [ 終了致しました ]

『印象派という光明』(2月5日公演の再演)

(2月5日の公演が予定より早く満席となりましたため、追加公演を行います。どなた様もおこしくださいませ。)

 日本人が好む「印象派」の絵画だが、じつのところ、印象とは何か。今までの美術と決定的に違う点はどこか。印象派の語の由来となったモネの『印象・日の出』の何が印象的なのか、から改めて問い直す。光をとらえようとした彼らの絵画は、それ自体が現代美術を手引きする誘導灯となった。美術に興味のない人にとっても、いちばん「ゲイジュツ」っぽい絵画であろうと思われる印象派の魅力を探っていく。

2014/04/04(金)
大阪市立総合生涯学習センター第2会議室 19:00〜21:00 [ 終了致しました ]

『時の尺度』

 世界にはいろんな「暦」があって、今私たちが使っている西暦や日付はけっして不動不変の時の尺度ではない。いろんな暦を検証していく、予定。


2014/03/24(月)
大阪市立総合生涯学習センター第7研修室 19:00〜21:00 [ 終了致しました ]
※3/10(月)から3/24(月)に変更いたしました。

『文系のための医学史 近代以降編』

 大阪2/28の再演。前回の「文系のための医学史」の第二弾(話は独立しているので承前ではありません)。  医学史というより、人間の身体認識の文化史とそれに関わった数奇かつマッドな研究者の人間性にスポットをあてる。近代から現代の間に、医学の分野で何が起こったか。  18世紀、ウィーンで居酒屋のワイン樽を叩いたことから打診法を編み出したアウエンブルガー。それはまさに新しい人体理解への扉をノックする音でもあった。そしてイタリアのモルガーニは「病いの座」を絞って近代病理学を確立、ついでイギリスのジョン・ハンターはそのエキセントリックかつ蟲惑的な性分で実験医学の父となる。やがて19世紀には全身麻酔や消毒法、ワクチンやX線とさまざまな発見が目白押していくことになるが、科学的理性と狂気的なものがいまだ渦巻いていた時代を「観光」する感覚でどうぞ。


2014/03/15(土)
東京都現代美術館 第二研修室 14:30〜16:30 [ 終了致しました ]

『文系のための医学史 近代以降編』

 前回の「文系のための医学史」の第二弾(話は独立しているので承前ではありません)。  医学史というより、人間の身体認識の文化史とそれに関わった数奇かつマッドな研究者の人間性にスポットをあてる。近代から現代の間に、医学の分野で何が起こったか。  18世紀、ウィーンで居酒屋のワイン樽を叩いたことから打診法を編み出したアウエンブルガー。それはまさに新しい人体理解への扉をノックする音でもあった。そしてイタリアのモルガーニは「病いの座」を絞って近代病理学を確立、ついでイギリスのジョン・ハンターはそのエキセントリックかつ蟲惑的な性分で実験医学の父となる。やがて19世紀には全身麻酔や消毒法、ワクチンやX線とさまざまな発見が目白押していくことになるが、科学的理性と狂気的なものがいまだ渦巻いていた時代を「観光」したい。


2014/02/28(金)
大阪市立総合生涯学習センター第7研修室 19:00〜21:00 [ 終了致しました ]

『ヴェールの下の美しきイスラム』

 キリスト教の宗教美術とは全く違う、イスラムのあの幾何学的な文様の美を支えているものは何か。誤解されがちだが実は純朴なイスラムについて文化史的に考える。イスラムの教義は本来かいつまんだり要約してはならないものであるという畏怖は保持しながら、理解の入り口またはひとつの捉え方の例としてあえて"概要"を抑えながらアラブの心情やその死生観、イスラム圏の諸美術に迫っていく。砂漠の国の意外な文化を知る手がかりを探すために。
(大阪公演の再演)

2014/02/02(日)
※注意!曜日、場所、時間、いつもと違います。
渋谷光塾 16:00〜18:00 [ 終了致しました ]

『印象派という光明』

定員となりました。ありがとうございます。
4月4日(金)に大阪市立総合生涯学習センター第2会議室にて同内容の再演を行います。
少々日程が空いてしまいますがよろしければそちらもご利用くださいませ。 すでにご予約いただいている方で、そちらの方がご都合よろしければ承ります。(1月29日16時42分、タガワ付記)


 日本人が好む「印象派」の絵画だが、じつのところ、印象とは何か。今までの美術と決定的に違う点はどこか。印象派の語の由来となったモネの『印象・日の出』の何が印象的なのか、から改めて問い直す。光をとらえようとした彼らの絵画は、それ自体が現代美術を手引きする誘導灯となった。美術に興味のない人にとっても、いちばん「ゲイジュツ」っぽい絵画であろうと思われる印象派の魅力を探っていく。

2014/02/05(水)
大阪市立総合生涯学習センター第4会議室 19:00〜21:00 [ 終了致しました ]

『19世紀末という祝祭』

 世紀末、といえばそれだけで19世紀末のヨーロッパ文化の風潮を指す。アールヌーヴォーに象徴主義、官能と頽廃と幻想と死の影。クールベの写実主義に棹さすように増殖する装飾的な要素と、精神的内奥への侵攻。ミネルヴァのふくろうの華麗な飛び立ちと、「神の死」により開くパンドラの箱の様相をいくつかの具体的作品を見ながら考える。ある意味で、芸術が"健康的"なものでなくなった時期、と言えるかもしれない。"世も末"の行く末を、芸術を中心に眺める。

2014/01/24(金)
大阪市立総合生涯学習センター第7研修室 19:00〜21:00 [ 終了致しました ]

ゲストライブ『病める天才たちの強度』『病いとしての芸術』

第13回芸術学の学習会
『病める天才たちの強度』 ~話者 田川とも子
『病いとしての芸術』 ~話者 小林昌廣


田川と小林昌廣氏のダブルキャストです。

2014/01/12(日)
高槻現代劇場306号室 午後 [ 終了致しました ]

詳細は芸術学の学習会HP

※スクエア54主催以外のゲストライブになります。

『写実主義とラファエル前派 〜理知の彼方』

 「見た事がないから」を理由に天使など一切描かないと豪語した写実主義者クールベは、その代わりに何を描いたのか。クールベの時代に絵画はとんでもない敵に遭遇することになる。写真技術の確立だ。写真技術との戦いを強いられたクールベの写実は、ある意味で写真を超えた。たとえば、その成果をさらに鮮やかに拡大して見るひとつの装置がラファエル前派と言えるかもしれない。あまりにも写実が度を超すことによって、画面は空想以上に浮き上がる。そのメカニズムを考える。

2013/12/18(水)
大阪市立総合生涯学習センター第7研修室 19:00〜21:00 [ 終了致しました ]